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『嗜好品文化を学ぶ人のために』(高田公理・嗜好品文化研究会[編] 世界思想社 2008)

編者:嗜好品文化研究会[しこうひんぶんかけんきゅうかい]
著者:井野瀬 久美惠 (甲南大学文学部教授)
著者:太田 心平 (国立民族学博物館准教授)
著者:斎藤 光  (京都精華大学ポピュラーカルチャー学部教授)
著者:白幡 洋三郎 (国際日本文化研究センター名誉教授・中部大学人文学部特任教授)
著者:高田 公理  (武庫川女子大学名誉教授)   代表幹事
著者:近田 仙之  (公益財団法人たばこ総合研究センター専務理事・研究所長)
著者:疋田 正博  (株式会社シィー・ディー・アイ代表取締役
著者:藤本 憲一  (武庫川女子大学生活環境学部情報メディア学科教授)  幹事。
装丁:井上 二三夫[いのうえ・ふみお] ブックデザイナー。
NDC:383.8 飲食史[食制]


嗜好品文化を学ぶ人のために - 世界思想社


【目次】
目次 [i-vi]


序章 嗜好品文化研究への招待[高田公理] 001
  人類文明史は、すべてを「遊び」に変えてきた
  遊びと楽しみの要素をはらむ飲食物
  日本初の世界語「嗜好品 shikohin」
  緊張を緩め、出会いと意思疎通を円滑にする
  世界の諸民族文化の嗜好品を探索する
  ケータイとミネラルウォーター
  現代都市の嗜好品――健康志向と自然の価値


1 多様なる嗜好品の世界 

コーヒー [臼井隆一郎] 016
  非合法恋愛と嗜好品
  コーヒーのグローバル化と日本
  グローバル化と庭先の間
  苦みと厭世観
  コーヒー・カフェ文化の前衛的伝統――ネット・カフェ難民と出会い喫茶

茶・紅茶 [井野瀬久美惠] 023
  茶の起源と伝播
  緑茶と紅茶
  中国と日本の喫煙文化
  「紅茶の国」イギリスの誕生
  グローバル経済の進展とその顛末

酒・アルコール飲料 [高田公理] 031
  酒の種類とその地理的分布
  覚醒と酩酊を往還する人間精神と酒
  酒を巧みに取り入れる飲酒の文化

たばこ [高田公理] 038
  タバコという名の植物――そ原産地と原始の利用法
  はじめは「医薬品」、やがて「嗜好品」に
  たばこの摂取法
  紙巻きたばこ(シガレット)の普及と現代

清涼飲料水 [赤岡仁之] 046
  清涼飲料水とは――そのカテゴリーの広さ
  奢侈品から最寄品へシフトする清涼飲料水――自動販売機の果たした役割
  嗜好化する清涼飲料水――個人的・感性的な消費対象へ
  情報化が進展する清涼飲料市場

カカオ・チョコレート [北條ゆかり] 053
  起源はメソアメリ古代文明
  カカオの特徴・利用法・効能
  ヨーロッパへの伝播とココア・チョコレートの発明
  カカオ・チョコレートの文化研究

菓子 [加藤ゆうこ] 062
  広くて狭い菓子研究
  「甘さと幸せ」――魅力の源泉を探るアプローチ
  「菓子は誰のものか」――社会関係に埋め込まれた菓子を分析するアプローチ

香辛料 [疋田正博] 068

ビンロウ [野林厚志] 071

コーラ [江口一久] 076

カヴァ [山本真鳥] 080

カート [佐藤寛] 085
  カートの起源と歴史
  イエメン社会の核カート・パーティー
  イエメンの近代化とカート
  カートの効能
  カート批判の根拠


2 広がりゆく嗜好品の世界 

ハチミツ [澤田昌人] 094

砂糖 [井野瀬久美惠] 098

香水 [上野吉一] 102
  香水の歴史
  フェロモン・性的信号としての香水
  ドレスコードとしての香水
  匂いに魅せられるサル

お香 [畑正高] 106

油脂 [伏木亨] 112

水 [疋田正博] 115

塩 [澤田昌人] 118

音楽 [小川博司] 122
  音楽の自立
  持ち運びできる「品」としての音楽
  「心身コントロール」の手段
  空気としての音楽

ケータイ [藤本憲一] 126
  ノリとキレによる「気分転換」の両義性
  テリトリー・マシンによる「居場所形成」の両義性
  親密性の遠近法に見る「対人関係」の両義性


3 嗜好品文化へのアプローチ 

歴史学 [井野瀬久美惠] 132
  嗜好品化の力学
  嗜好品の文明史的考察
  過去を見直し、未来を拓く


文化人類学 [栗田靖之] 137
  文化を比較する
  文化の伝承と革新


経済学・経営学 [日置弘一郎] 142
  嗜好品の価格弾力性
  経済合理性を超える嗜好品
  嗜好品の商品設計


法学・政治学 [佐藤憲一] 147
  嗜好品の自由と規制
  コーヒーとたばこ
  自由主義の原理
  文化と幸福
  たばこと酒


社会学 [藤本憲一] 153
  嗜好品の「野蛮」、啓蒙主義の「野蛮」
  「アンチストレッサー」と「気分転換」


宗教学 [中牧弘允] 158
  宗教学における嗜好品
  教団研究と神棚・仏壇からのアプローチ
  超越的次元と嗜好品


文学 [臼井隆一郎] 163
  幸福とコーヒー
  持続的な幸福を求めて
  老人の幸福


心理学 [上野吉一] 169
  心理学から見た嗜好品研究
  心理的効果
  嗜癖
  嗜好品の知覚・認知とその発達
  嗜好品の文化心理学的理解


生理学 [山本隆] 175
  生理学とは
  不足したものを補う
  大脳の発達と嗜好品文化
  ホメオスタシスと前頭連合野


植物学 [白幡洋三郎] 181
  植物は嗜好品の供給元
  植物学からみた嗜好品
  植物文化から嗜好品文化を研究する


4 嗜好品文化研究の古典 

臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』  [井野瀬久美惠] 188
小林章夫『コーヒー・ハウス』 [井野瀬久美惠] 190
広瀬幸雄・星田宏司『増補・コーヒー学講義』 [栗田靖之] 192
岡倉天心茶の本』 [藤本憲一]  194
谷晃『わかりやすい茶の湯の文化』 [栗田靖之] 196
角山榮『茶の世界史』 [井野瀬久美惠] 198
麻井宇介『比較ワイン文化考』 [疋田正博] 200
石毛直道編『論集 酒と飲酒の文化』 [高田公理] 202
坂口謹一郎『日本の酒』 [白幡洋三郎] 204
米山俊直・吉田集而・TaKaRa酒生活文化研究所 編『アベセデス・マトリクス』 [藤本憲一] 206
上野賢實『タバコの歴史』 [高田公理] 208
グッドマン『タバコの世界史』 [白幡洋三郎] 210
ペンダグラスト『コカ・コーラ帝国の興亡』 [疋田正博] 212
ウォーバートン&シャーウッド編『ストレスと快楽』 [白幡洋三郎] 214
コルバン『においの歴史』 [藤本憲一] 216
シヴェルブシュ『楽園・味覚・理性』 [高田公理] 218
ドッジ『世界を変えた植物』 [白幡節子] 220
松浦いね・たばこ総合研究センター編『世界嗜好品百科』 [疋田正博] 222
ワインバーグ&ビーラー『カフェイン大全』 [栗田靖之] 224


終章 嗜好品文化研究の発展のために[高田公理] 227
  嗜好品をめぐる経済観念の不思議と経済的機能
  「向精神剤(ナルコティクス)」としての嗜好品
  嗜好品世界に遍在する「矛盾撞着」の面白さ
  嗜好品の魅力が人を動かし、世界を拡張した
  茶・コーヒーが近代社会を支える諸制度を育てた
  呪・医薬が嗜好品を経て常用品になる
  逆に「常用品が嗜好品になる」という回路もある
  物質文明の功罪と相互ケアの時代


嗜好品文化を学ぶための文献リスト [249-239]
執筆者紹介 [252-250]
編者紹介 [253]







【関連記事】


『ハッパノミクス――麻薬カルテルの経済学』(Tom Wainwright[著] 千葉敏生[訳] みすず書房 2017//2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20201205/1536339900


『植物はなぜ薬を作るのか』(斉藤和季 文春新書 2017)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20200909/1599577200







【抜き書き】

・序章から、用語について(pp. 2-3)。

 そこで「嗜好品」である。辞典的知識によると「嗜好品」とは「栄養摂取を目的とせず、香味や刺激を得るための飲食物」(『広辞苑』)だとされる。その代表には「酒・茶・紅茶・コーヒー・タバコ」などがあげられることが多い。
 これらは、さしあたり口から摂取される「飲食物」である。しかし、定義からもわかるように「生存にとっての必需品」であるとはいいがたい。では「嗜好品」とは、いったい何なのか。ここで、その特質を仮に、つぎの七項目に整理しておく。

(1)「通常の飲食物」ではない =栄養・エネルギー源としては期待しない。
(2)「通常の薬」でもない=病気への効果は期待しない。
(3) 生命維持に「積極的な効果」はない。
(4)しかし「ないと寂しい感じ」がする。
(5) 摂取すると「精神(=心)に良い効果」がもたらされる。
(6) しばしば人と人との出会いや意思疎通を円滑にする効果を発揮する。
(7)「植物素材」が使われる場合が多い。

 してみれば「嗜好品」は、「遊びと楽しみの要素をはらむ飲食物」だともいえよう。


・由来(pp.4-5)。

 では「嗜好品」という日本語は、いつ、どのように成立したのか。そのもっとも古い用例のひとつは、森鴎外の短篇小説「藤棚」にある。この小品は雑誌『太陽』(第一八巻第九号)に掲載された。一九一二(大正元)年のことである。それを引用しておこう。

薬は勿論の事、人生に必要な嗜好品に毒になることのある物は幾らもある。世間の恐怖はどうかするとその形になることのある物を、根本から無くしてしまはうとして、必要な物までを遠ざけようとするやうになる。要求が過大になる。出来ない相談になる。

 こうした物言いの背景には、急速な「近代化」「都市化」という当時の世相がある。そこでは、従来とは異なる新しい人間関係や多様な社会組織が生まれた。その結果、人びとは「慣れない緊張」を強いられることになった。
 そこで、酒やたばこ、コーヒーや茶・紅茶など、人間の心身に微妙に作用して緊張を緩め、人と人の出会いを媒介する飲食物への要請が高まり始めたのだろう。それを森鴎外は「嗜好品」という見事な造語でカテゴリー化したのだ。



■終章より。

  「向精神剤(ナルコティクス)」としての嗜好品

 今ひとつ、酒をはじめ、いわゆる嗜好品のなかには、人間の精神を微妙に変質させるものが多い。こうした資質を持つ物質を「向精神剤 narcotics(ナルコティクス)」と呼ぶ。
 なぜ人間は、向精神剤を求めるのか。背景には人間存在の根元的な不条理がある。
 まず、人間の想像力は無限に広がる可能性をはらんでいる。時間的には過去と未来を、空間的には宇宙全体を自らの内に取り込もうとする。しかし、人間の寿命は有限であり、宇宙にはその能力をはるかに超越する力が満ちている。これは解けない不条理だ。
 この不条理を逃れて、人間存在を永遠の時間と無限の空間につなぐ。そのためには神をはじめ、超越的存在を措定するほかない。人間の社会と文化に「宗教」という名の文化要素が混在するのは、たぶんそのためである。
 一方、覚醒した人間の意識は自他を区別し、外界の明晰な秩序や輪郭を捉えようとする。科学も芸術も、人間の文化は基本的に、その結果である。しかし他方で人間の文化は、超越的存在が支配する、不分明な混沌の世界を措定せざるをえない。こうした世界につながるには、自らの精神をそれに馴染ませる必要がある。
 それを可能にする有力な手段のひとつが「向精神剤」なのだ。ここに、それが人間の社会と文化に遍在する理由がある。酒もまた、そうした選択肢のひとつにほかならない。