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『世界をダメにした10の経済学――ケインズからピケティまで』(Björn Wahlroos[著] 関美和[訳] 日本経済新聞出版 2019//2015)

原題:De tio sämsta ekonomiska teorierna. Från Keynes till Piketty (Stockholm; Albert Bönniers Forlag, 2015)
芬題:Talouden kymmenen tuhoisinta ajatusta (Otava, 2015)
英題:The Ten Worst Economic Theories: From Keynes to Piketty
著者:Björn Wahlroos[ビョルン・ヴァフルロース](1952-) 経済学。銀行家、投資家。
訳者:関 美和[せき・みわ] 翻訳。金融。
Book Design:新井 大輔[あらい・だいすけ]
Cover Photo:Adobe Stock
NDC:331.7 経済学。

備考:翻訳について調べた点と疑問点。
 ①「訳者あとがき」は無い。出版社のページにもSNSにも本書についての追加情報は特にない。
 ②上記「英題」は、日本語版のカバーと本体のタイトルページに印刷されたタイトルをそのまま写したもの。
 ③本書のスウェーデン語版、フィンランド語版、日本語版の存在は確認できた。
 ④本書冒頭にあるコロフォンの書誌情報を信じれば、本書はスウェーデン語版から日本語版に翻訳された。
 ⑤しかし、訳者は英日翻訳が専門のようなので、ひょっとすると本書は重訳なのかもしれない
備考:内容ではアンチ・ケインズ派


https://www.nikkeibook.com/item-detail/35709
世界をダメにした10の経済学 | 日経BOOKプラス


 ここでは傍点を黒字強調で代用している。


【目次】
題辞 [003]
はじめに [005-013]
目次 [015-019]


邪悪な理論1 緊縮財政は経済成長の足かせになる 021
  ニューディール政策という失敗
  巨匠ケインズ一般的でない理論
  間違いだらけのフィリップス曲線
  予期せぬ結果
  市場経済と計画経済による混合経済の成立
  市場の集合知
  「ゴキブリ理論」は、なぜ戻ってくるのか


邪悪な理論2 資本主義は搾取を生みだす 051
  魚と人と資本主義
  共有地〔コモンズ〕の悲劇
  グローバルな経済圏の出現と"牧草地"の行方
  共産主義と所有者不在は、どちらがマシか
  ハイドパークでの議論――「コースの定理」が意味するもの
  公共財の取引――きれいな空気を守る方法
  カネで買えないもの


邪悪な理論3 増税財政赤字の穴埋めになる 078
  財政赤字の歴史をふり返る
  ネズミ講ギリシャ悲劇
  節約と増収は同じなのか?
  レジャーは究極の免税品である
  アーサー・ラッファーがナプキンに描いた曲線
  税金で変わる人々の選択
  外部性を内部化する
  それでは何に課税すべきか?
  あてにならないダメな歳入増加策


邪悪な理論4 格差是正は経済成長につながる 113
  直観的な分析――格差は不幸の原因なのか
  スティグリッツ税を検証する
  ゼロサム社会における平等
  世界各国の成長戦略
  大逆転で生まれた富豪
  ピケティが書いた現代の『資本論
  未来への投資を減衰させるな
  どれだけのカネがあれば充分なのか?
  包括的な社会


邪悪な理論5 「インフレ」とは消費者物価の上昇である 151
  紙幣の誕生
  カネに対する需要
  インフレは貨幣的な現象である
  インフレをローカル化する
  フリードマンの間違い
  貨幣総量
  大いなる「期待」
  いつもみんなを騙せるわけじゃない
  忘れられた事実


邪悪な理論6 市場は非効率である 182
  市場と実体経済の相反するメッセージ
  どうして市場は間違えるのか?
  非効率的な投資家、効率的な市場
  アノマリー[anomaly]
  地獄へのハイウェイを走行する利益
  霧が深まるとき
  サブプライム危機を検証する
  効率性を探して
  政治と金融の人的資本


邪悪な理論7 金利はマイナスにできない 216
  マイナス金利政策のしくみ
  現金のない経済
  フラットなイールドカーブ
  キャピトルヒル・ベビーシッター協同組合の危機
  流動性の罠から抜けだす
  量的金融緩和政策
  マイナス金利はなぜ無視されてきたのか


邪悪な理論8 自由市場は存在しない 244
  反トラスト論争
  ハーバーガーのトライアングル
  ビューティフル・マインドと完全競争
  参入の歓迎
  創造的破壊がもたらす新たな競争
  「勝者総取り」社会の到来
  これ見よがしの消費
  ネットワーク経済
  非効率的な市場が生む膨大なコスト
  市場と権力


邪悪な理論9 「陶酔的熱病〔ユーフォリア〕、恐慌、崩壊」は資本主義の宿痾だ 276
  2種類の陶酔的熱病
  技術革新がもたらす不確実性
  バブルの波に乗るのは合理的?
  不合理な無関心
  大崩壊
  ファットテール現象
  ハリケーンの目のなかで
  二度と同じ過ちはくり返さない
  バブル崩壊


邪悪な理論10 インフレ退治が中央銀行の唯一の仕事である 321
  連邦準備制度理事会の誕生
  ECBの役割
  中央銀行の極意
  板ばさみ
  大きな歩み寄り
  独立性と偏狭さ
  バルト3国からアベノミクス
  名目GDPターゲットという政策
  テイラールール
  現実の否定


おわりに [356-364]
原注 [365-386]
参考文献 [387-394]





【関連記事】

『新自由主義の復権――日本経済はなぜ停滞しているのか』(八代尚宏 中公新書 2011)


『緊縮策という病――「危険な思想」の歴史』(Mark Blyth著 田村勝省訳 NTT出版 2015//2013)


『ゾンビ経済学――死に損ないの5つの経済思想』(John Quiggin著 山形浩生訳 筑摩書房 2012//2010)





【抜き書き】
・第一章(邪悪な理論1 緊縮財政は経済成長の足かせになる)から。著者がケインズの『一般理論』を読者に説明しつつ、弱点だという箇所を挙げている箇所。

〔……〕平時に戻り、経済の中心が配給と規制からしだいに市場へと移った1960年代には、ケインズモデルの予測力はほぼ消え失せた。
 ケインズが結果を出せたのは時代に即していたから――それだけのことだ。ケインズは望んだ解を導くために、資本主義経済の欠陥をたくさん指摘する必要があった。市場に欠陥がなければ、政府が介入する理由もないし、乗数効果も生まれない。自身のモデルを正当化するには金融市場と労働市場をこきおろさねばならなかった。そこで、賃金の下方硬直性と、流動性選好説――リスクを嫌う投資家は現金を抱えこむという理屈――を唱えた〔……〕。だから賃金の削減も安い資金調達コストによる割のいい投資も、完全雇用を回復させはしない。ケインズモデルに外の世界など存在しないため、通貨切り下げもはなから頭にない【22】。ケインズの世界を市場経済に落としこんで単純に表すと、通貨量が変わっても物価は変わらないことになる。現実にはありえない前提がケインズモデルの核となっているのだ。
 金融市場への不信、とくに市場には完全雇用を回復する力がないという信条が、ケインズ理論の根底にある【23】。「流動性選好」と「人間の不合理性〔アニマルスピリット〕」のせいで、信用市場は従来の経済学者が信じるような役目を果たすことはできないというのがケインズの信条だ。おもしろいことに、今日の投資家の多くも、ケインズと同じ近視眼に陥っており、株式市場の特異性とわかりやすい人気銘柄にしか目がいかず、市場にはインサイダー取引がはびこっていて、市場はそもそも不合理なものだと考えている。「流動性の罠」であれ、市場の非効率を示すソフトな現象であれ、ケインズにはみずからの結論を裏づける市場経済の機能不全が必要だった。そこで不確実性が高まると、投資家は投資活動をやめて現金に逃げると唱えた。株価や金利が下がったときが投資のチャンスだとわかっていても、現金保有の安心にはかえられない。資金調達コストが下がり、株価がさらに値下がりして一世一代のチャンスが目の前に現れても、投資家は指をくわえて見ているだけだと訴え、人間がいかに怖がりかを『一般理論』の16章でありありと証明してみせた。政府が積極的に投資して投資家の恐れを払拭しなければ、人は何かを生みだすよりも現金を抱えこみたがり、社会全体が停滞してしまう【24】。
 とはいえ、金融政策が無意味だとの主張は時代錯誤もはなはだしい。政府債務が膨らむなかで、今日の金融ドラマの主役は中央銀行になった。ケインズの信条は大恐慌の初期の経験に依るところが大きいのだろう。彼いわく「未開社会の遺物」である金本位制【25】とガルブレイスのいうFRBの「驚くべき無能さ」が、ダブルパンチで金融政策を台無しにしていたことはまちがいない。でも、真の弊害はすべてを恐慌のせいにする中央銀行の無策にあったのに、ケインズはそこに手を打たず、角を矯めて牛を殺してしまい、「誰もカネを借りようとしないなら、大蔵省にやらせるまで」と結論づけた。金融政策の失敗を経験していたケインズは、金融政策では眼前の問題を永遠に解決できないと決めつけたばかりか、自身のモデルからわかりやすく資本市場を排除した。どうせ金利を下げても貯蓄は投資に向かったりしないんだから、と。

・ p.249 

 これが、アーノルド・ハーバーガーが投げかけた問だった[Arnold C. Harberger(1954) Monopoly and Resource Allocation. American Economic Review, vol.44, pp.1243-1248. ]。