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『経済学と合理性――経済学の真の標準化に向けて』(清水和巳 岩波書店 2022)

著者:清水 和巳[しみず・かずみ](1961-) 実験政治経済学、行動経済学、社会科学方法論。
シリーズ:ソーシャル・サイエンス
件名:経済学--方法論
NDLC:DA3
NDC:331.16 経済 >> 経済学.経済思想 >> 経済哲学 >> 経済学方法論


経済学と合理性 - 岩波書店

従来、ミクロ経済学マクロ経済学は、その分析対象を異にするだけではなく、共通の分析手法を持っていなかったが、この断絶状態は終焉を迎えつつある。近年の目覚ましい経済学の進化をトレースし、両者の方法論的な対立を乗り越えた先に見える「標準的経済学」の現在と未来を、「合理性」をキーワードに解説する。


【目次】
巻頭言[シリーズの筆者を代表して 東京大学 井上彰] [v-vi]
目次 [vii-ix]


第0章 再び「静かな革命」か?


第1章 経済学の歴史を分析単位から振り返る
 1 古典派から新古典派
 2 新古典派総合とその破綻
 3 ゲーム理論の導入


第2章 合理的経済人と最適化
 1 期待値から効用へ
 2 選好における合理性:期待効用理論の公理的基礎付け
 3 リスクに対する態度と効用関数の形状 
 4 時間選好
 5 ゲーム理論的状況における合理性
 6 共有知識


第3章 合理的経済人の見直し
 1 限定された合理性
 2 プロスペクト理論:期待効用理論の自然な拡張とその乗り越え
 3 2段構えの構造
 4 期待効用理論の自然な拡張
 5 利得と損失の局面におけるリスク態度の逆転
 6 損失回避
 7 参照点の移動:フレーミング効果
 8 時間非整合性
 9 共有知識としての合理性:自然な拡張か原理的な批判か
 10 共有知識への原理的な批判:「無知の仮定」


第4章 マクロ経済学とミクロ的基礎付け
 1 ソローモデル
 2 ミクロ的基礎付け:代表的個人ではあっても
 3 「代表的個人」の問題点
 4 異なるタイプの合理的経済人の導入
 5 情報処理能力の限界:合理的不注意
 6 ミクロ的基礎に基づいたマクロ経済シミュレーション:カリブレーションという方法


第5章 標準的経済学の未来像:「合理性」と「ミクロ的基礎付け」の使い方


参考文献 [157-162]
あとがき [163-168]


〈Box一覧〉
  方法論的個人主義
  ベルヌーイによる解法
  非経済財への選好
  連続時間における時間割引関数と時間割引因子
  経済計算論争
  アレのパラドクス[Allais paradox]とプロスペクト理論による説明
  確率に関わるバイアス
  ヒューリスティクス
  ベイジアン・アップデート:仮説の相対的ランキングを題材に
  シンプソンのパラドクス 






【抜き書き】


・「第0章 再び「静かな革命」か?」から。下線部は引用者による。

より一般的に言っても,ミクロの行動――例えば,個人の消費・生産行動――の積み重ねが,マクロの現象――経済成長や失業――を生み出しているのは事実だろう.そうであるならば,ミクロ経済学マクロ経済学の間に,個人の行動・意思決定に着目した共通の理論やモデルがあっても不思議ではない.しかし,残念ながら,かなり最近になるまで,ミクロ経済学マクロ経済学はその分析対象を異にするだけではなく,共通の分析手法を持っていなかったのだ.〔……〕幸いなことに〔……〕,近年の経済学の進化は目覚ましく,この奇妙な断絶状態は終焉を迎えつつあるように見える.キーワードは,合理性の再検討と,合理性によるミクロ的基礎付け(micro foundation by rationality)だ.ミクロ経済学は,その理論モデルの基本的な単位である「合理的経済人」を保持しつつも,場合に応じて,それを緩めたり乗り越えたりすることに寛容になってきた.マクロ経済学は,そのような「合理的経済人」によるミクロ的基礎付けを様々な形でモデルに適用し,独自の進化を遂げつつある.この2つの流れに乗って,経済学は遅20世紀の終わりから第二の「静かな革命」を経験しているように思われる[著者註 1980年代に非協力ゲーム理論ナッシュ均衡の概念とともに急速に広まりあっという間にゲーム理論は経済学になくてはならないツールになった.この急激かつスムーズなゲーム理論の受容・普及を,神取道宏は「ゲーム理論による経済学の静かな革命」と呼んだ.].


 下線部(1)「近年の経済学の進化」という表現について。
 まず、毎日新聞校閲センター「毎日ことばplus」の「「近年」っていつごろ?」(2019.07.12)という記事では(出典不明のアンケートにせよ)一般人と辞書編纂者の意見を踏まえて、「近年」の指定範囲はせいぜい10年以内だろう、年長者ほど指す期間が長い、としている。
 そして引用者(id:Mandarine)の知る限りでは、「マクロ経済学のミクロ的基礎付け」を直近10年以内の出来事だと表現することは珍しい。
 というわけで、下線部(1)の近年とは、あくまで著者の言語感覚または著者の時間軸における近年であって、日常的な言葉でいうところの近年とは、意味するものが異なっているかもしれないという可能性が浮上する。
 それ以外に、掛かり方が違う可能性はある。つまり、上記引用の“近年の経済学の進化は目覚ましく,この奇妙な断絶状態は終焉を迎えつつあるように見える”という一文の解釈だ。
  ①「近年」が「……を迎えつつある」という部分にも掛かるという解釈(※私はこちら)。
  ②「近年」は「進化」のみに掛かるという解釈(「……を迎えつつある」が数十年のスパンの漸進を表している場合)。

 もちろん、本書の第0章が刊行年(2022年)よりずっと過去の時点で書かれたという可能性もあるが、それは最後に考える可能性だ。


 下線部(2)の出典は第0章に明示されていないが、業界では有名なので省略されたのだと思われる。
 神取(1994)「ゲーム理論による経済学の静かな革命」、『現代の経済理論』(岩井克人,伊藤元重編 東京大学出版会 1994)、15-56頁。