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『現代の経済理論』(岩井克人, 伊藤元重[編] 東京大学出版会 1994)

編者:岩井 克人[いわい・かつと](1947-) 
編者:伊藤 元重[いとう・もとしげ](1951-)
著者:神取 道宏[かんどり・みちひろ](1959-) 
著者:松島 斉[まつしま・ひとし](1960-)  
著者:松山 公紀[まつやま・きみのり](1958-) 
著者:清滝 信宏[きよたき・のぶひろ](1956-) 
著者:矢野 誠[やの・まこと](1952-) 
装丁:鈴木 堯 + 本山 摩央 株式会社タウハウス
NDC:331 経済学


現代の経済理論 - 東京大学出版会

 第一線の研究者による最新のState of Art。80‐90年代においてめざましい発展をとげたゲーム理論、独占的競争理論、不完全情報の経済学、動学的均衡分析などを中心とした経済学の最先端を、斬新な分析手法を用いてその全体像を平易に解説。


【目次】
はしがき(1994年1月 編者) [i-iv]
目次 [v-viii]


序 経済理論の新展開[岩井克人伊藤元重
1. はじめに 001
2. 完全競争の世界のミクロ経済理論 002
3. ゲームの理論 004
4. 独占的競争理論 006
5. 不完全情報 008
6. マクロ経済学の新展開 010
7. まとめ 013
参考文献 014


I ゲーム理論による経済学の静かな革命[神取道宏]
1. 鍵を探す男 015
2. 新古典派が見落としたもの――社会の中での意思決定の難しさ 016
3. 混乱の収拾――合言葉は「ナッシュでいこう!」 020
4. 人はなぜナッシュ均衡を選ぶのか 030
5. ゲーム理論がもたらした経済学の変貌 040
  配分の効率性からメカニズムの効率性へ
  自由放任主義の限界
  誘因制御問題の論理構造
6. 結びに代えて――将来への展望 050
参考文献 052


II 過去,現在,未来――繰り返しゲームと経済学[松島斉]
1. はじめに 057
2. 完全モニタリングのケース 061
  2-1 暗黙の協調――数値例による説明と寡占市場分析への応用
  2-2 任意の割引ファクターの下での完全均衡経路特定化命題
  2-3 参入阻止――集中度と市場価格との相関関係
  2-4 寡占市場における景気変動の効果
3. 不完全モニタリングのケース 081
  3-1 secret price cuts
  3-2 異業種多角化の協調促進効果
  3-3 dynamic programming decompositionによる特定化命題
  3-4 folk定理の展開
  3-5 私的情報の役割
参考文献 100


III 独占的競争の一般均衡モデル[松山公紀]
1. はじめに 103
2. 独占的価格設定による歪みと乗数プロセス 106
  単純なモデル
  総需要のスピルオーバー
  補完性
  国際経済
3. 製品の種類の拡大と規模の経済性 113
  モデル
  経済統合
    貿易の効果
    生産要素の移動の効果
4. 補完性と集中化 120
5. 経済成長・発展における循環的・累積的な相互依存関係 122
  経済発展の罠
  国際経済
  持続的成長
6. 結語 130
参考文献 132


IV 戦略的通商政策と通商問題[伊藤元重] 
1. はじめに 139
2. 簡単なクールノモデルによる確認 141
  国内独占と海外からの競争圧力
  独占的レントの国際移動
  双方向貿易とダンピング
  実証研究
3. 戦略的行動と政策の影響 150
4. 動学的寡占モデル 155
  経験効果の下での企業の戦略的な価格行動
  非価格競争
  動学的寡占競争と幼稚産業保護
5. 輸出自主規制のカルテル効果 164
6. 政策決定と民間の対応 170
7. 結語 176
参考文献 177


V 貨幣と信用の理論[清滝信宏] 
1. はじめに 181
2. 貨幣の理論 183
3. 信用の理論――信用と資源配分 189
4. 信用と景気循環 196
5. 結論 206
参考文献 207


VI 一般均衡理論の動学的展開――安定性とカオスをめぐって[矢野誠] 
1. はじめに 211
2. モデル 214
3. 競争均衡の最適性と均衡動学系 220
4. 根岸の存在証明 228
5. カオス的景気変動か長期的安定か 230
  長期的均衡と安定性
  カオス的景気変動
6. ターンパイク定理 238
7. 動学的一般均衡モデルの応用例 240
参考文献 246


数学的補論 251
  1. 第3節の数学的補論:根岸の社会厚生関数と競争動学系 
  2. 第4節の数学的補論:サポート価格と根岸の存在証明 
  3. 第5節の数学的補論:長期均衡の安定性 
  4. 第6節の数学的補論:ターンパイク定理と所得再分配の準中立性


VII 経済成長論[岩井克人] 
1. はじめに 265
2. ハロッドの経済成長モデル 267
3. 経済成長に関する6つの定型化された事実 272
4. ソロー型の新古典派成長モデル 274
5. ソロー型成長モデルと技術進歩 280
6. 黄金律と動学的非効率性 282
7. 最適成長モデル 286
8. 分権的成長経路の最適性 292
9. 知識資本と内生的成長モデル 297
10. 世代重複モデル 305
11. 貨幣的成長モデル 311
参考文献 318


執筆者紹介 [326]





【抜き書き】

・神取道宏「ゲーム理論による経済学の静かな革命」より。

 ゲーム理論は,伝統的な価格理論を基礎とする新古典派的な経済の見方をかなり本質的な意味で変化させた.この考え方の変化は,ゲーム理論が,新古典派の合理的行動の原理を自然な形で継承・発展させたものであったため,大きな不連続な変化としては意識されず,比較的スムーズに経済学者達の間に浸透していった.しかし,経済理論の流れの中で,この変化はかなり重要な意味を持つものであり,「静かな革命」と呼んでもあながち大袈裟とはいえないと思われる.そこで,それがどのような変化であったかをここでまとめておくことにする.[p.40]

80年代に定着した新しいゲーム理論は,戦略的な行動の読み合いという社会における人間行動に特有の問題に対して,初めて多くの経済学者が認めるような統一的な見方を提供した.このことによって,完全競争市場という狭い範囲を越えて,経済組織や契約といった,さまざまな資源配分メカニズムの分析が,初めて可能になった.それと同時に,新古典派一般均衡モデルは,現実の自由競争市場という資源配分メカニズムを完全には叙述していないことも強く意識されるようになった.こうしてゲーム理論は,市場,組織,契約,社会習慣などの,さまざまな経済取引の形態を,統一的な土俵の上で比較分析する方向へ,経済理論を導いたといえる.[p.52-53]

ゲーム理論は,比較的少数の人間が,自分達を取り巻く状況に対して十分な知識を持った上で行動する様なケースに対しては,鋭い切れ味を見せるのだが,そうでない場合にはどうもしっくり来ないというのが,多くの人の正直な感想であろう.ゲーム理論では,ナッシュ均衡が必ず実現すると想定し,そうしたもとでの誘因の制御の問題に関心を集中するのだが,こうした定式化のもとで最適な契約や資源配分のメカニズムを求めてみると,それはモデルの非常に細かいところに依存した,余り現実味のないものになってしまうことが多い.こうしたことから,資源配分のメカニズムにおいて大切なのは,誘因の問題だけではなく,なにかゲーム理論が見落としている重要なものがあるのではないかという感覚を,多くの理論家が共有しているように思われる.そのようなものの候補としては,情報伝達のコスト,計算能力の限界,システムの複雑さなどが真っ先に念頭にのぼるため,それらを扱う「限定合理性」(bounded rationality)の理論を構築しようという気運が生まれつつあるのが現状である.[p.53]