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『女性解放思想の歩み』(水田珠枝 岩波新書 1973)

著者:水田 珠枝[みずた・たまえ](1929-) 政治思想史。フェミニズム史。
NDC:367.8 男性・女性問題


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女性解放思想の歩み - 岩波書店


【目次】
目次 [i-ii]


I 女性史は成立するか 001
  男性の歴史と女性の歴史
  女性史論争
  生活資料の生産と生命の生産
  家父長制
  近代社会と女性


II 男性の解放と女性の従属 021
  ルネサンス宗教改革
  性の解放と学問の解放
  家父長制の再編成と女性の従属
  絶対主義と啓蒙思想
  サロンの盛衰とカトリックの女性教育
  独立小生産者と家父長制
  ルソー的男性
  ルソー的女性
  ルソー的家族
  イギリス市民革命と女性
  紳士と淑女
  バークにおける「崇高」と「美」
  保守主義の家族観


III 女性解放思想の成立 069
  フランス革命と女性解放思想
  革命とサロン
  革命の中の女性たち
  産業革命と女性
  合理主義と女性
  ロマン主義と女性
  無政府主義と女性
  近代的自我の危機と女性


IV フェミニズムと反フェミニズム 115
  歪曲されたフェミニズム
  福音主義と女性――モア
  反動の思想と女性――ボナルドとメーストル
  空想的社会主義と女性――フーリエ
  空想的社会主義と女性――サン=シモン主義者
  反資本主義的思想と反フェミニズム――カベとプルードン
  功利主義と女性――ベンサムとジェイムズ・ミル
  協同組合と女性――トムスン


V 女性解放の論理と主体 153
  女性問題の多様性
  婦人参政権と女性
  教育の機会均等の要求と売春禁止運動
  マルクス主義と女性
  母性と女性
  ロシア革命ファシズム
  現代の女性解放思想


あとがき(一九七三年夏 水田珠枝) [203-206]
参考文献案内 [207-210]
  一 女性解放思想の古典 
  二 ルネサンスからフランス革命まで 
  三 十九世紀、二十世紀 
  四 現代 
 



【抜き書き】

pp. 22-27から断続的に。
ルネサンス宗教改革の評価、その1。

 近代の夜明けをつげる二大運動、ルネサンス宗教改革を比較すると、ルネサンスは、外観のはなやかさにもかかわらず、古い社会を破壊しただけであったが、宗教改革は、宗教の仮面をかぶりながら近代社会を積極的につくりあげていった、という評価が一般にはなされている。〔……〕封建社会の解体という同じ運動でありながら、ルネサンス宗教改革は、いくつかの点できわだって対照的な性格をもっている。〔……〕宗教改革は、宗教的倫理のなかに、資本主義的営利活動を肯定し促進する萌芽をもっていたという意味で、封建制への全面的批判者となった。すなわち、ローマ教会の権威を否定して、人間が神へつながる道は、良心と職業への精励だと説くことにより、宗教改革は、利潤追求を生活原理とする近代的人間を育成することになった。
 したがって、近代社会の形成という尺度ではかってみると、資本主義的職業倫理をうみだした宗教改革の方が、ルネサンスよりはるかにおおきな意義をもっていたといえよう。ルネサンスは、封建的秩序にはめこまれなくなった人間の出現をみとめたにすぎない。


ルネサンス宗教改革の評価、その2。

 ところが、視点をかえて、女性の地位という角度から両者を考えると、評価は逆転してしまう。ルネサンスは、外界の自然と同時に人間の自然(人間の肉体と本性)をも肯定するから、男女の肉体が、性愛が、罪の意識をともなうことなく賛美される。カトリック的秩序では、精神の下位におかれた物質、霊魂の下位におかれた肉体が、そしてまた男性の下位におかれた女性が、ルネサンスの世界では、人間の探究すべき目的としての価値をもつようになる。〔……〕さらに、自然の探究とならんで重視された学問(古典研究)の領域でも、女性は完全に排除されることはなかった。もっとも、学問をうけることのできた女性は、ごく少数の特権階級にかぎられてはいたけれども、かの女たちは、女性が男性とおとらない能力をもつことを立証した〔……〕。
 これに反して宗教改革は、キリスト教の教義に内在する女性蔑視を継承しただけでなく、職=労働への精励を強調することによって、労働だけでは男性と同等に評価できない女性を、男性に従属させてしまう。古い秩序を破壊したルネサンスは、女性を抑圧していた秩序をも同時に否定したのにたいし、あたらしい秩序を指向した宗教改革は、秩序の再構成によりふたたび女性を抑圧する組織をつくりあげた。ルネサンスは、封建社会をささえた家父長制を一時混乱におとしいれたが、宗教改革は、あたらしいよそおいのもとに、家父長制を資本主義社会の基礎となる家族制度につくりかえた。つまり、宗教改革は、近代化の起点であると同時に、近代における女性抑圧の起点でもあった。


・「ルネサンス」の理想の人間像。

 従来の道徳や秩序にしばりつけられない、自分の知恵と力とで運命をきりひらいていくという、マキアヴェルリの『君主』(一五三二年)に象徴されるルネサンス的人間は、男性にかぎったことではなかった。〔……〕しかし、ルネサンス的人間類型は、男性にも女性にもみいだされたとはいえ、かれらはいずれも、男性にとって抑圧的な社会秩序の破壊者であって、女性の生活を根底からくつがえそうとはしなかった。〔……〕ルネサンスは、男性の主導権の下におしすすめられた運動である。それが、女性の生活にあたえた影響は、男性が変化を必要とした領域にかぎられていた。つまり、道徳を、宗教を否定した男性は、旧来の性道徳にとらわれない女性をもとめ、宗教によっていやしめられない女性の肉体をもとめたのである。


・「自由恋愛」というテーマと「ルネサンスにおける自由恋愛」について。

 女性の側でも、旧秩序からの解放は、性の解放、愛情の解放としてうけとられた。ボッカチオ[Giovanni Boccaccio(1313-1375)]は、『デカメロン』を、恋になやみながら部屋にとじこもっていなければならない女性のために書いたのだといっているように、女性たちは、これまでの道徳に拘束されない男女の愛情に、あこがれをいだいていたのである。旧来の価値観がくずれ、社会の急激な変動のなかに生きるルネサンスの女性にとって、道徳と道徳にささえられた家族制度は女性にたいする抑圧であると感じられ、それへの抵抗は、家族制度の中心をなす夫婦関係の破壊であるとおもわれた〔……〕。
 その後の歴史の過程でも、性の解放や自由恋愛はくりかえし主張され、しばしばそれは、女性解放と同義語とみなされてきた。それほどこの問題は、女性解放思想のなかでは、おおきな意義をもっている。というのは、女性への抑圧は、性や愛情つまり人間の本性そのものへの抑圧であり、この抑圧をとりのぞくことは、家長中心の家族制度を否定し、女性の人格的自立を実現するという、女性解放の基本的課題とつながっているからである。しかしもっと重要なことは、性や愛情の解放だけでは、女性解放が実現されなかったということである。生活手段をみずからの手ににぎらないかぎり、女性は性や愛情をも自分のものとすることができない。〔……〕ルネサンスの解放は、性の解放をかかげることによって、女性解放という様相をもち、実際にはそうした面もあったけれども、それが女性自身の要求によるというより、男性の解放の要求からうまれたものであったということは、女性の性を解放された男性の性の手段として利用するにすぎなかったのだともいえよう。したがって、ルネサンスの性の解放や自由恋愛は、女性解放の萌芽であるとしても、それを延長すれば解放が実現するという性格のものではなかった。