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『西洋の自死――移民・アイデンティティ・イスラム』(Douglas Murray[著] 町田敦夫[訳] 東洋経済新報社 2018//2017)

原題:The Strange Death of Europe: Immigration, Identity, Islam (Bloomsbury)
著者:Douglas Murray(1979-) 評論家。ジャーナリスト。
訳者:町田 敦夫[まちだ・あつお](1961-) 翻訳家、ライター。
解説:中野 剛志[なかの・たけし](1971-) 評論家。
件名:移民・植民--ヨーロッパ
NDLC:GG161 
NDC:334.4 


西洋の自死 | 東洋経済STORE


【目次】

[解説]日本の「自死」を予言する書(中野剛志)  [003-011]
  日本の「自死
  移民受け入れ正当化の論理
  リベラリズムによる全体主義
  欧州人の精神的・哲学的な「疲れ」と「罪悪感」


イントロダクション [012-024]
  「自死」の過程にある西洋文明
  文明ぐるみの実存的な疲弊
  欧州人のアイデンティティとは何か
  罪悪感を抱える疲弊し死にかけた文化


目次 [025-034]


第1章 移民受け入れ論議の始まり 035
  少数派になった「白人の英国人」
  移民労働者を迎えることの意味
  「血の川」演説
  その通りには白人女性は1人しか住んでいない
  強まる「多文化主義」スローガン
  大きく開かれた国境
  予測もコントロールもできない


第2章 いかにして我々は移民にとりつかれたのか 053
  根を張り始めた外国人労働者
  懸念を表明する人々を攻撃する政治家
  コンセンサスからはみ出すことの代償
  「人種差別主義者」と批判されることを恐れて
  終わりのない多様性への賛美
  常に行われる過去の改変
  冷静で意図的な国家的破壊行為
  「ただ甘んじて受け入れろ」


第3章 移民大量受け入れ正当化の「言い訳」 075
  移民大量受け入れ正当化の論理
  「経済成長に必要だ」という正当化
  「高齢化社会では受け入れるしかない」という正当化
  「多様性は良いものだ」という道徳・文化的な正当化
  「グローバル化が進む以上、移民は止められない」という正当化


第4章 欧州に居残る方法 109
  ランペドゥーサ島で起こったこと
  「しずく」を「洪水」に変えた「アラブの春
  移民の誘因になった「マーレ・ノストルム」「トリトン」作戦
  送還しない方が法を守り抜くより楽という現実
  移民ルートの模索は続く


第5章 水葬の墓場と化した地中海 129
  地中海に沈む船
  「大胆王メルケル」のメッセージ
  一枚の写真が反対論を封じる
  島々にあふれる人
  どこにも行き場がない移民キャンプの「ビジター」
  「僕らはアフガニスタン人だ。あらゆるものを見てきたよ」


第6章 「多文化主義」の失敗 155
  メルケルたちが認めた「多文化主義」の失敗
  欧州の「自己放棄」時代
  「多文化主義」から「多信仰主義」の時代へ
  欧州の過去を書き換える
  カミュの「大置換」とカール・マルテル
  物議と非難を招いたディストピア的な未来像


第7章 「多信仰主義」の時代へ 195
  労働力不足と人口置き換えの議論
  『悪魔の詩』とスーザン・ソンタグ
  信仰と「コミュニティ政治」


第8章 栄誉なき預言者たち 211
  警報を感じとっていた人々
  宗教への懐疑に極めてナーバスになったスピノザの母国
  イスラム教徒によってよみがえる反ユダヤ主義
  オリアーナ・ファラーチの怒り


第9章 「早期警戒警報」を鳴らした者たちへの攻撃 233
  飛び火する「カートゥーン・クライシス」
  繰り返されたテロ
  ホロコースト以降初の西欧から米国への「難民」


第10章 西洋の道徳的麻薬と化した罪悪感 247
  罪と恥の意識と道徳的自己陶酔
  第二次世界大戦の償い
  歴史的罪悪感に苦しむ欧州人
  「高潔な野人」神話
  アメリカの「建国に伴う罪」
  イスラエルの「建国に伴う罪」
  二重基準とマゾヒストの勝利


第11章 見せかけの送還と国民のガス抜き 277
  国境と国民国家は戦争の原因なのか?
  ハンガリーがつくった壁
  フランスの政治家たちの思惑


第12章 過激化するコミュニティと欧州の「狂気」 297
  テロの原因を求める人々
  隠されてきた犯罪
  移民は良いものをもたらすのか?
  金を払って自分たちを襲わせた史上初めての社会


第13章 精神的・哲学的な疲れ 319
  「欧州疲労」と実存的な疲れ二の対象
  基盤となる物語を失った欧州
  信仰に代わる「欧州の価値」はあるのか
  20世紀欧州の知的・政治的な汚染 33
  「脱構築」によって荒廃した思想と哲学
  「価値判断は誤りである」という価値判断
  東欧は西欧のような罪悪感を抱えていない


第14章 エリートと大衆の乖離 355
  テロ事件の背後に潜むもの
  乖離するエリート政治家と大衆
  批判の矛先は自国民へ
  政治の失態と大衆の失態


第15章 バックラッシュとしての「第二の問題」攻撃 375
  「人道主義超大国スウェーデンの罪悪感
  性的被害を隠蔽するメディア
  黒字国から赤字国へ
  彼らは本当に「極右」なのか


第16章 「世俗後の時代」の実存的ニヒリズム 395
  例外だった啓蒙思想の欧州社会
  大きな反動を招く全欧州と米国の動向
  イスラム教を「発見」する若者たち
  啓蒙思想の申し子たちが信じた「進歩」
  安直な脱構築ゲームに没頭している現代の芸術
  「虚無主義者」ミシェル・ウェルベックの本はなぜベストセラーなのか
  訴訟の標的にされ、アイルランドに移住したウエルベック
  問題作『服従』の問いの深さと広がり


第17章 西洋の終わり 433
  押しつけられた慈悲心
  シナゴーグに通うのを避けるユダヤ


第18章 ありえたかもしれない欧州 447
  「保守主義者」エドマンド・バークが示した可能性
  インクルージョン(包含)とエクスクルージョン(除外)
  意味が失われてしまったファシズムへの警告
  宗教と哲学の間の大きな溝


第19章 人口学的予想が示す欧州の未来像 469
  それはもはや欧州ではない
  同じイスラム教徒からの酷評
  人種問題をてこにした政治
  「特に大きな事件もなく」


あとがき(ペーパーバック版)(ダグラス・マレー 2018年1月26日) [489-512]
  「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」
  政治的な戦場としての国境
  誰もが認めないが、誰もが知っていること
  2050年、イスラム教徒人口が3倍に


注 [1-14]
著訳者紹介 [527]






【メモランダム】
 私の感想。

□本書全体
・労作。欧州(※ほとんど英仏独)において失敗した移民政策・難民政策の負の影響を描いている。左派の政治家・マスコミが当初はこの点に目を瞑っていたことを指摘している。
・Murrayの分析には妥当な部分と凡庸な部分が混ざっている。
・Murrayは叙述スタイルは徹底しており、取材した事実(主に移民との摩擦の例)を記述するさい、保守派に迎合した書き方でラッピングしている。ジャーナリストっぽくはない。
 本書全体を通してMurrayの文体は、言いたいこと/思っていることを一から十まで言語化しているわけはないので、しばしば言葉足らずに思う箇所もある。
 Murrayが言いたいことを、他者の言葉を引用して済ませる場面もある。例えば第8章では、2002年頃のOriana Fallaci(1929-2006)の怒りの文章とイスラム教団体の反発を紹介するという形で数ページにわたりその内容を掲載している。しかし、このイスラム系移民への批判は、おそらく著者が言いたいことだろう(Michel Houellebecqの発言もあわせて、Murrayは「警報を発しようとした人々」とまとめている)。単に発信と反発があったことだけが書かれているので、単なる多宗教への誹謗の意図で発された発言ではないことも示すために、当時の文脈を詳しく書いてほしい。
・ないものねだりだが、経済格差や社会階層についても言及してほしかった。これをまじめに行うとテーマ選択時点で別物になってしまうかもしれないが。
・ないものねだりではないはずだが、労働市場に与えた影響について、ある程度の分量の記述はあって欲しい。
・本書では「同化しなかった」ことについて書いているが、「同化」または「統合」自体には深入りしていない、Murrayは、どのような同化が可能だと考えているか、ぜひ読みたい。


□本書の弱い点
・Murrayは、移住してきたイスラム教徒と住民(※本書にこちらの描写はほぼ無い)との摩擦を、失敗した移民政策の中心的な副作用としてとり上げている。ただし、大多数のイスラム教徒と、ごく少数派のイスラム教過激派やイスラム教徒内の陰謀論者(例えばユダヤ教への陰謀論を抱く者たち)を、ほぼ同一視するような書き方をしている。意図的に読者を誤解へ誘導しているのか、著者が本気でそう思ってるのか、本文だけでは確定できない。しかし、どちらにしてもミスリーディングだ。
・本書では欧州でのテロ事件・マイノリティへの襲撃事件・性暴力の報道やそれらへ市民の反応を紹介することで、「治安が悪化していること」を主張している(※統計として悪化したのかを示さずに、本書では主に、悪化したと感じている人々の声を集めている)。犯罪統計を図表で示すほうが明快だと思う。
・「イスラム教の過激派組織は欧州でのみ事件を起こしたのか」をまじめに検討していない。
・Murrayの分析に用いられる「疲れ」「罪悪感」といった語が明確ではない。ここは専門家が書評で突っ込むのを待ちたい。
・「欧州の伝統の精神性を守るべき」という主張をしたくなるのも心情的にわかるが、「純粋な日本文化」を追求するのと同様に、原理的に無理だと思う。
・「仮に移民が少数だった場合のイスラム教との摩擦がない状況では、欧州はずっと平和で伝統が守られたのか」という問いにも、目を向けてほしかった。ちなみに私は、その場合でも各国・各地域間でのナショナリズムの問題はくすぶり続けたまに再燃しただろうから、ずっと安定しているかは微妙だと思う。

・なお、監訳者「解説」は出来が悪く、40点くらいの出来栄え。そもそも東洋経済の人選がおかしいのか、それとも人選は正しいのに今回だけ編集者(翻訳された本の解説を中野剛志にばかり振り続けてきた編集者)の添削が不足していたのか。





【抜き書き】

□476頁。
・UK「名付けランキング」。

英国ではここ何年か、国家統計局の発表する最も人気のある新生児の名前リストが論議の的になっていた。 「モハメッド(Mohammed)」という名前(同じ名前の異なる綴りである「Muhammad」などを含む)が年々順位を上げていくのだ。そこで当局は 「Mohammed」 を 「Muhammad」 などの他の綴りと分けて集計することにした。だが2016年になって、それは些末なことだったことがはっきりする。というのもすべての綴りを合わせると、実際にその名前がイングランドウェールズにおける最も人気のある男児名になっていたからだ。
 そこに至って当局者の態度は「で、それが何か?」というものに変わった。将来の「モハメッド」は、従前の世代の「ハリー」や「ダヴィズ」と同じくらいイングランド的あるいはウェールズ的なものになっているだろうと言いたいのだ。

・つづく箇所は、著者の主張。

その伝で行けば、英国は男性の大半がモハメッドと呼ばれてもなお「英国的」であり続け、同じくオーストリアは男性の大半がモハメッドと呼ばれてもなお「オーストリア的」であり続けるということになる。それがありえないことは、ほとんど言を俟たない。

……英語史の問題だろうか。フランス語の語彙が多分に流入した時期を経て、かつて外来語だった語も(いくらか変化して)現在は英国的な英語として扱われているのだから、将来的に「モハメド」が英国的な名前だと求められることもありえるだろう。