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『移民の政治経済学』(George J. Borjas[著] 岩本正明[訳] 白水社 2017//2016)

原題:We Wanted Workers: Unraveling the Immigration Narrative
著者:George J. Borjas(1950-) 労働経済学。移民研究。
訳者:岩本 正明[いわもと・まさあき](1979-) 英日翻訳。経済学修士
装幀:小林 剛[こばやし・たけし](1983-) ブックデザイン、エディトリアルデザイン、ロゴデザイン。
組版:鈴木 さゆみ[すずき・さゆみ]
NDLC:DC821 経済・産業 >> 経済史・経済事情 >> 人口 >> 移植民 >> 外国
NDC:334.453 経済 >> 人口.土地.資源 >> 移民・難民問題.移民・難民政策 >> 北米


移民の政治経済学 - 白水社


【目次】
献辞 [002]
目次 [003-005]


第一章 イントロダクション 007
注 025


第二章 ジョン・レノンがうたった理想郷 027
一 世界にもたらされる利益はどこから来るのか? 030
二 生産性の波及効果 036
三 移民と社会資本 040
注 044


第三章 米国における移民の歴史 045
一 合法移民 046
二 不法移民 051
三 二〇一四年における外国生まれの人口 056
注 058


第四章 移民の自己選択 061
一 移住障壁 064
二 移住直後の賃金の推移 068
三 なぜ出身国が重要なのか 072
  自己選択
  経済発展
  書類不所持移民という立場
  差別
注 082


第五章 経済的同化 083
一 同化の進捗を測る 087
二 本当に同化は進まなくなったのか? 093
三 同化と教育 096
四 同化と民族居住地区 098
五 歴史から推測できること 104
注 105


第六章 人種のるつぼ 107
一 子供たちはどうなるのか? 110
二 縮まらない民族間格差 114
三 なぜ民族的な特徴は変わらないのか? 119
四 未来の道しるべとしての過去――予測は可能か 121
注 123


第七章 労働市場への影響 125
一 ヘリコプターの寓話 129
二 マリエリトズ 132
三 移民とスキル 135
四 相互の影響を考慮に入れる 140
五 学会の通説を守る 145
六 収入への影響はどれくらいあるのか? 153
注 154


第八章 経済的利益 155
一 利益を得るのは誰で、どのくらいか? 158
二 高技能移民 162
  ナチスドイツのユダヤ人科学者
  ソ連の崩壊
  H-1Bプログラム
注 175


第九章 財政への影響 177
一 移民による社会保障サービスの利用 182
二 米国科学アカデミー 189
三 最後に…… 197
注 198


第十章 いったい誰の肩を持つの? 201


謝辞(マサチューセッツ州レキシントン 二〇一五年十二月十一日) [221-223]
訳者あとがき(二〇一七年十一月 岩本正明) [224-227]
註 [4-12]
索引 [1-3]





【メモランダム】
・著者についてのWikipedia記事(英語版)。著者の主張に関して学会で「議論がある」ことを強調している。
George J. Borjas - Wikipedia





【抜き書き】
□「第一章 イントログクション」から、本書のスタンスがわかる箇所。

つまり、移民をどのようにとらえるかによって、移民の評価は大きく変わってくる〔……〕。ただ、これらの見方に左右されない重要な部分もある。いずれにせよ移民は労働供給を増やし、彼らがもたらす「サプライショック」は労働市場の環境を変える〔……〕。本書で繰り返し述べることは、移民が国民にもたらす経済的な利益や損失は一様ではないということだ。簡単に言えば、移民の受け入れで儲ける人がいれば、損をする人もいる。あらゆるイデオロギーの装飾や意図的なぼかしを取り除いて裸にすれば、移民をありのままに見ることができる。移民とは単なる富の再分配政策なのだ〔……〕。壮大かつ普遍的な言葉を使うのではなく、より包括的で現実的なアプローチを取るべきだ。何が移民の経済的影響を左右するかを考え、移民が我々にとって有益になる、もしくは負担になる様々な要因を分けて考えなければならない。そうしたアプローチを使えば、誰が利益を得て、誰が損をするのか特定しやすくなる。最終的にはこうした本質的な理解が、(もし政府が望むならば)移民を活用し、移民がもたらす経済的影響を国民の間で均等にするような移民政策を考える上で役に立つ。


・著者による、移民研究(主流派)のイデオロギー暴露。ポール・コリア―に同調し、その言葉を引用している部分。

 学術研究と政策論争は、お互いに持ちつ持たれつの関係だ。政治的な議論が過熱すると、特定の政策的立場を擁護し、議論の土台となる情報に対する需要は高まる。言うまでもないが、需要があるところに(特に研究者に対して研究資金が提供されれば)供給がある。今ではますます多くの経済学者が移民問題に取り組んでいる。あまりに多くの論文が書かれているため、あらゆるテーマに精通するには、関係する論文を精読するのに数カ月を要するだろう。理論の細かいニュアンスや検証作業でよく使われる統計手法を完全に理解するには、おそらくさらなる時間を要する。
 著名な英国の知識人であるオックスフォード大学のポール・コリアー教授は二〇一三年、『エクソダス――移民が変える世界』という本を出版した〔……〕。同書の要点を言うと、移民の数が急増するにつれて彼らが受け入れ国にもたらすとされている大きな利益は大幅に減少するが、それでも移民の流入は止まらないということだ。大規模で途切れることのない移民の流入は、多くの(ときに有害な)意図せざる影響をもたらすと主張する。
 この結論についてどう思うかは人それぞれだと思うが、執筆の下調べとして読んだ多くの社会科学の研究に対する彼の全般的な理解を読むのは、特にためになると感じた。

移民に対して敵意を向ける狂信的な排他主義者や人種差別主義者はことあるごとに、移民は国民にとってマイナスだと主張する。当たり前のことだが、こうした主張には反論が出る。彼らに手を貸してはならないと、社会科学者はあらゆる手段を駆使して移民が我々全員にとっていいことだと証明してきた[Paul Collier, Exodus: How Migration Is Changing Our World (Oxford University Press, 2013), pp.25-26.]。

 ご察しの通り、これは移民を対象とした社会科学の研究の価値を批判する言葉だ。移民の影響を計算してみたら、「我々全員にとって良かった」という判然としない通説を、社会科学者が作り上げようとしてきたとコリアーは述べた。私の知る限り、著名な学者の中で公にそう述べたのは彼が初めてだ。
 私はこれまで、そうした主張を公でしたことはない。ただ私は長い間、(それだけに限らないが、特に経済学以外の社会科学において)多くの研究の背後にはイデオロギーがあると疑ってきた。


・かりに研究における統計処理に恣意的な操作等が混じっていたとしても、検証するのは手間がかかる。

多くの抽象的な前提条件やデータ操作が重なれば、証拠の信憑性に影響を与える。数百万人の調査に基づくデータを分析するコンピュータプログラミングは、数千とまではいかないが数百のコードから成り、一見無害なプログラミングの条件設定やサンプル選びが、全く異なった結果を生み出す〔……〕。移民の影響に関する巷の主張を信用する前に、その主張を裏付ける研究の仕組みを注意深く調べることが極めて重要だというのが本書の立場だ。私は可能な限り分かりやすく、移民の研究において頻繁に引用されるデータについて、またいかにそうしたデータが操作されているかについて論じるつもりだ。恣意的な前提条件を設定し、不審なデータ操作を行い、不都合な事実を見落とすことで、コリアーが見抜いたような見え透いた通説が いかに作り出されてきたのか、本書では様々なケースを見ていく。
 移民を研究する社会科学者が特定のイデオロギーに肩入れして研究していると[引用者注:著者George J. Borjasが]一貫して非難し、本書で展開する私の論調が通説から完全に逸脱している(私は移民は一部の人には利益はあるが、必ずしも我々全員にとってプラスではないと強く訴える)ことを考えると、ここで私自身の経歴に少し触れておいた方がいいだろう。そうすれば、読者は私がどう いった過去を持ち、なぜ私の見解が政治的には正しい通説から外れたものになったのかが分かる。