contents memorandum はてな

目次とメモを置いとく場

『子どものうそ、大人の皮肉――ことばのオモテとウラがわかるには〈そうだったんだ! 日本語〉』(松井智子 岩波書店 2013)

著者:松井 智子[まつい・ともこ] 認知科学、語用論。

【目次】
はじめに――コミュニケーションに関心のあるすべての方へ [v-ix]
目次 [xi-xv]


第一章 3歳児は大人の鏡 001
1 天才かと思えば…… 002
  3歳児のすごさ
  やっぱり3歳児
  大人の鏡

2 自信たっぷりの他人を信頼する 006
  自信のない話し方
  「それ、熱いかも」
  どういう人に知識があるか判断する
  話し手がどのくらい自信をもっているか
  わかってなさそうな人からは教わらない
  他人よりも身内を信じる?
  イントネーションにも注目
  話し手がどんな証拠をもっているか
  情報源の表し方は言語によってさまざま
  ことばより行動、動詞よりも文末助詞
  情報の信頼性を見きわめることと学ぶこと

3 あいまいさには無頓着 021
  あいまいなことを言ってしまう
  電話の会話は一方通行
  他人のことばのあいまいさに気づく


第二章 うそや皮肉は難しい 031
1 子どもにとってのうそ 032
  3歳児はうそをつくことが苦手?
  マシュマロを食べないで待てる?
  うそをつかれても相手の間違いと思う
  優しいうそ

2 子どもにとっての皮肉 040
  ほめて育てる?
  気持ちはわかる
  うそか皮肉か
  皮肉? それとも優しいうそ? 

3 他人を理解する心はどう育つ?051
  「ほんもののママがいい」――みかけと中身の区別
  心の理論
  メタ表象能力
  二次的メタ表象
  優しいうそと二次の誤信念

4 ことばで心を伝えること、ことばから心を理解すること 061
  文の理解と心の理解
  語彙の意味理解と心の理解


第三章 語用障害が教えてくれること 067
1 なにげない表現につまずく 070
  慣用句や比喩
  遠まわしの言い方
  おおざっぱな表現
  省略や代名詞、簡潔なものの言い方

2 言った人の気持ちを読みとるのが難しい 080
  うそ・皮肉・冗談
  気持ちや態度を表す表現
  会話のことば、文末助詞は手がかりになる
  声の調子

3 「わかったつもり」を見直そう 095
  言い間違いとしては理解できない
  誤解はつきもの


第四章 ことばのオモテとウラがわかるということ 101
1 ひとつではない、ことばのオモテ 105
  文脈によって解釈が選ばれる
  近くて遠い?
  ことばにならないものを表現する

2 文脈は与えられるものとは限らない 113
  話し手が意図した文脈と意図した解釈
  冗談
  婉曲な言い方
  皮肉と揶揄

3 2種類のウラのメッセージ 123
  意図された文脈
  暗に伝えたかったこと
  ウラ結論を見つけやすくする手がかり

4 ことばのオモテとウラを理解するために必要な能力 131
  「何かを伝えようとしている」ことに気づく
  「なぜ何かを伝えようとしているか」を推測する
  皮肉を解釈するプロセス
  聞き手に必要な3つの仮説


第五章 意図が伝わるしくみ 139
1 相手の言いたいことはわかるもの―認知効果の期待 140
  想定内? 想定外?
  「春には必ず芽が出る」
  「わかった」と納得できる解釈
  新情報と既知情報の相互作用
  認知効果

2 自分に関係のある情報を優先処理資源は無限ではない 153
  聖徳太子のようにはできないので……
  カクテルパーティー効果
  ヒキガエルも同じ

3 コミュニケーションの鍵は関連性 160
  耳を傾けるのは投資、報酬は認知効果
  報酬が増えるなら投資額も増やす
  解釈の始まりは話し手の伝達意図に気づくこと
  世間話はなぜするの?


第六章 過大評価しがちな話し手 175
1 聞き手に責任はない 176
  子どもや外国人の聞き手には配慮できても……
  聞き手は節約志向
  親しい相手だと聞き手は自己中心的に解釈しがち
  子どものほうが自己中心的
  子どもが聞き手として成長する3段階

2 話し手の責任は問える 191
  自分の視点で聞き手を見てしまう
  親しい間であればこそ
  話し手はみんな素人
  実際の聞き手と頭に描いた聞き手のモデルは違う
  デフォルトの聞き手モデルは自分

3 コミュニケーションの消費者心理学 204
  聞き手に処理資源を使ってもらうには
  信頼できる相手なら
  わかりやすさは信頼性につながる
  興味と共感は聞き手のかまえを作る
  よく聞くこと、よく話すこと――本書のまとめとして


参考文献 [217-223]
引用文献 [224]
おわりに――コミュニケーションは失敗して当たり前(二〇一三年五月 松井智子) [225-229]




【関連記事】

  [言語獲得など]
『言葉をおぼえるしくみ――母語から外国語まで』(今井むつみ, 針生悦子 ちくま学芸文庫 2014//2007)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190309/1552057200


『ことばをつくる――言語習得の認知言語学的アプローチ』(Michael Tomasello[著] 辻幸夫ほか[訳] 慶應義塾大学出版会 2008//2003)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20110413/1302620400


『ことばと発達』(岡本夏木 岩波新書 1985)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20120617/1339858800


  [発達障害自閉症など]
発達障害かもしれない――見た目は普通の、ちょっと変わった子』(磯部潮 光文社新書 2005)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130725/1374679800


『動物感覚――アニマル・マインドを読み解く』(Temple Grantin, Catherine Johnson[著] 中尾ゆかり[訳] NHK出版 2006//2005)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160426/1461863804


『脳からみた自閉症』(大隅典子 ブルーバックス 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20180309/1520440136


自閉症遺伝子――見つからない遺伝子をめぐって』(Bertrand Jordan[著] 林昌宏[訳] 中央公論新社 2013//2012)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190917/1568646000




【抜き書き】


■「はじめに」(pp. iv-ix)からの抜粋。
コミュ力、会話力。

 「コミュ力」といわれると特別なもののように聞こえますが、会話を含めたすべての言語コミュニケーションの基盤になっているのは誰もがもっていることばと心を理解する能力です。〔……〕個人差はあっても、基本的な会話力は、日常会話をしているすべての人に備わっています。
 本書はこの基本的な会話力とはどういうものなのかについて、実際の会話例や心理実験の結果を通してわかりやすく説明しようとするものです。〔……〕日常会話という、自分が無意識にやっていることを客観的に把握することは至難の業といえます。そこで本書を役立てていただきたいと思います。
 本書では、幼少期にまず発達する「話を聞いて理解する力」に焦点があてられています。最終章まで読んでいただければ、「話を聞いて理解する力」が伸びると、会話力の別の側面である「相手にわかるように話す力」もおのずと向上するということがおわかりいただけるかと思います。

・構成

 本書の構成を紹介します。
 前半では、この能力が幼少期からどのように発達するのかということと、発達障害によってそれらの能力の成長が妨げられた場合にどのような困難が生じるのかを考えることを通して、会話力とは何かを探ります。
 第一章では、大人相手にようやく会話ができるようになる3歳児の会話力を見ていきます。3歳児の話すことは大人の目から見るととてもおもしろいのですが、3歳児どうしだとほとんど会話になりません。まだ自分の視点でしか会話のことばを理解できないからです。〔……〕そこで大人の境として3歳児の会話の特徴をとらえ、大人も陥る失敗のメカニズムを考えていきます。
 会話を通して相手の意図や考えていることを的確に理解できるようになるのは4歳以降です。第二章では、単純なうそを理解しはじめる4歳から、皮肉がわかるようになる9歳くらいまでの間の発達について見ていきます。〔……〕ただ、うそや皮肉を理解することは大人にとっても決して容易ではありません。それはなぜかについても考えてみます。
 会話における意図の理解が困難である場合、その原因が発達障害である可能性もあります。第三章では、高い言語能力がありながら、語用障害ともよばれる発達障害をもつ人たちの手記を通して、会話の本質をとらえたいと思います。
 後半は、会話が成功するためには何が重要なのかについて、いくつかの要素に分けて考えていきます。第四章では、会話で使われることばがどのように理解されるかを豊富な例を提示しながら説明します。ことばにはオモテとウラがあることと、文脈がことばの理解に深くかかわっていることがおわかりいただけると思います。
 第五章では、聞き手が話し手の意図を理解するプロセスを取り上げます。第四章で見るように、文脈は会話のことばの理解に不可欠ですが、聞き手が文脈を選び損ねて誤解につながる可能性は常にあります。それなのにほとんどの会話で、聞き手が話し手の意図した文脈だけを選ぶことができるのはなぜなのか、考えてみます。また聞き手は無意識に、自分の処理資源を無駄使いしないような解釈を選ぶ傾向がありますが、そのことはあまり知られていません。そのしくみも詳しく見ていきます。
 第六章では、第五章で見る聞き手の特徴をふまえ、話し手の側がどんな工夫をすれば会話が成功するかについて考えます。相手の心をつかむことに加えて、自分の癖を正しく知っておくことが肝要です。 

 筆者は語用論という言語コミュニケーションのメカニズムを研究する仕事をしてきました。
 理論的な研究からスタートしましたが、近年はコミュニケーション能力がどのように発達するかということと、コミュニケーションを困難にする発達障害がある場合にどのような支援や周囲の理解が必要かということに関心をもち、発達心理学の手法を用いて研究をしてきました。その結果を少しですが本書でもご紹介したいと思います。
 残念ながら、コミュニケーションの研究をしていても、いつも上手に会話ができるというわけではありません。でも失敗したときに、なぜかを考える材料がたくさんあるので、それを次回に生かすことができます。とくに、執筆を始めたころに3歳になった息子との会話は、「なぜ」を考えるきっかけになりました。それで、本書には息子との会話が随所に出てきます。たいていは私が反省させられた失敗談です。他のお母さん(お父さん)たちも同じような経験をされているかなと思いながら、書きました。 
 「コミュ力」ということばが一人歩きしている一方で、それが何なのかをあらためて考えてみる時間も心の余裕もないという人は多いのではないかと思います。本書を手に取って、「少しゆっくりコミュニケーションについて考えてみようか」と思ってくださったとしたら、私にとっては何より嬉しいことです。


■第6章の末尾から。

pp. 213-214

 相手との関係性から得られる満足感は、相手が自分の話を聞いてくれたという体験からも得ることができる。先に外来患者の満足度は医師の説明のわかりやすさで決まると書いたが、それと合わせて、患者の話を医師が聞いてくれたかどうかということも総合満足度を決定する要因となっているそうだ。自分が受けた好意や報酬を相手に返そうとするのは人間のもつ社会的な習性のひとつと考えられている。自分が話を聞いてもらって満足すると、相手の話も聞こうとするというのは、この習性が働いているからなのかもしれない。


よく聞くこと、よく話すこと――本書のまとめとして
 コミュニケーションにおいて、聞き手の側が話し手の意図を推測し、文脈(ウラ前提)を選択し、ことばのオモテとウラを理解し、話し手が伝えたかったこと(ウラ結論)を導き出すという作業が不可欠であることは、第五章までで説明してきたとおりである。情報を得ることを報酬ととらえる聞き手は、自分の処理資源を投資してこのように複雑な情報処理をするのである。ただし、聞き手は節約志向である。発話解釈にかかる処理資源の無駄遣いを極力避けようとする。私たち人間は、注意を向けて処理を始めた情報が、最小限の資源の代償として報酬(認知効果)をもたらすことを期待する。これが情報の関連性への期待である。この期待は、情報を取捨選択して処理することが必要な人間が進化的な適応として身につけた生物的な方略であると考えることができる。
 ただし、大人のように文脈を選択し、ことばのウラ、あるいはウラのウラを読む能力は時間をかけて発達する。第一章と第二章では子どもが聞き手として成長する様子を見てきた。3歳から9歳くらいまでの間に、子どもの会話力が大きな変化を遂げることをわかっていただけたかと思う。聞き手としての3歳児は、まだ相手の意図がつかめず、文脈の選択もうまくできないことが多いため、自己中心的な理解にとどまる場合が多い。話し手としても、相手にはわからないかもしれないとは決して思わず、あいまいな表現を使い続けることもある。4歳くらいまでの子どもどうしの会話がひとりごとの繰り返しのように聞こえるのはそのためだ。相手の考えていることが少しずつわかるようになるのは5歳ごろで、相手が感じていることや考えていることと、ことばそのものが伝えることが別のものであることがわかるようになるのは8歳くらいからだ。この間にだんだん会話らしい会話ができるようになる。この発達段階は文化普遍的なものだろうと推測している。


pp. 214-215

 相手が感じていることや考えていることと、ことばそのものが伝えることが別のものととらえることが困難であるために、コミュニケーションに苦労するという点は第三章で見た語用障害にも通じる。3歳児が互いにひとりごとのような会話をしていても、そのことについて深く悩むことはほぼありえないのに対して、語用障害をもつ大人や学童期以上の子どもは、会話を通してわかり合えないことが苦痛になることも少なくない。手記を読むと、語用障害をもった人たちは、もたない人たちよりもコミュニケーションのことを深く理解している面があることがわかる。これからはむしろ障害をもたない人たちが、コミュニケーションについての理解を深め、語用障害をもうひとつのコミュニケーションスタイルとして受け止めることができるようにすることが大切ではないだろうか。
 3歳児も話し手について鋭い観察力をもっていて、知識のなさそうな人が言っていることは学習しない(信じない)という選択をしていることも重要だ。聞き手としてもてる力を発揮しているのだ。〔……〕重要なことは、対人コミュニケーションにおいて、ことばは声や表情や体の動きとともに伝えられるということだ。それらすべてを「聞く」という経験の積み重ねが、のちに聞き手としての姿勢を作る基盤となると考えている。3歳児が自信のありそうな人となさそうな人を見分けるのに使えた手がかりは、母親が会話でよく使っている「よ」「かな」といった文末助詞だったり、上昇調や下降調のイントネーションだった。会話の聞く力が育っている証拠と言えるだろう。そして3歳児の聞く力のもとになっているのが、乳幼児期の母子のやりとりである点も重要だ。
 子どもが乳幼児期に当たり前のコミュニケーションを周囲の大人や友達と日常的にしていれば、相手の話を聞く力は発達段階を経て自然に伸びるはずである。その意味で、本来私たちの聞き手としてのコミュニケーション力にはおそらく個人差はそれほどないと思われる。もしあるとすれば、乳幼児期から学童期に聞き手としての姿勢を育む機会が何らかの理由で奪われてしまった可能性はないか、探るべきである。


p. 224

  引用文献

リアン・ホリデー・ウィリー(二〇〇二)『アスペルガー的人生』東京書籍
ドナ・ウィリアムズ(二〇〇〇)『自閉症だったわたしへ』(新潮文庫)新潮社
グニラ・ガーランド(二〇〇〇)『ずっと「普通」になりたかった。』花風社
テンプル・グランディン(一九九七)『自閉症の才能開発――自閉症と天才をつなぐ環』学習研究社
小道モコ(二〇〇九)『あたし研究―――自閉症スペクトラム〜小道モコの場合』クリエイツかもがわ
佐々木正美(二〇一〇)「母子の手帖 第3回 自閉症スペクトラムの子どもに寄せて」『暮しの手帖』第4世紀9号617月号(「佐々木正美コラム : 響き合う心」 http://blog.livedoor.jp/budouno_ki/archives/51358232.html に転載されている)
高橋紗都・高橋尚美(二〇〇八)『うわわ手帳と私のアスペルガー症候群――0歳の少女が綴る感性豊かな世界』クリエイツかもがわ
俵万智(一九八九)『サラダ記念日』(河出文庫)河出書房新社
スティーブン・ピンカー(一九九五)『言語を生みだす本能(上・下)』(NHKブックス日本放送出版協会
村上由美(二〇一二)『アスペルガーの館』講談社
ウェンディ・ローソン(二〇〇一)『私の障害、私の個性。』花風社
YANBARU『意味不明な人々――発達障害ADHDアスペルガー)と人格障害に取り組む』http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/20080204/1