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『薬物依存症』(松本俊彦 ちくま新書 2018)

著者:松本 俊彦[まつまと・としひこ] 精神医学。薬物依存症、アルコール依存症自傷行為の研究。
シリーズ:ケアを考える
NDC:368.8


 「意志が弱い」「怖い」「快楽主義者」「反社会的組織の人」……。薬物依存症は、そういったステレオタイプな先入観とともに報道され、語られてきた。しかし、そのイメージは事実なのだろうか? 本書は、薬物依存症にまつわる様々な誤解をとき、その真実に迫る。薬物問題は〈ダメ。ゼッタイ。〉や自己責任論では解決にならない。痛みを抱え孤立した「人」に向き合い、つながる機会を提供する治療・支援こそが必要なのだ。医療、そして社会はどのようにあるべきか? 薬物依存症を通して探求し、提示する。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480071729/

【目次】
目次 [003-011]


はじめに 013
  「今度、ムショから出てきたら、土のなかに埋めてやる!」
  つくられたイメージ
  薬物依存症になりやすい人とは
  本書の構成


第I部 「薬物」と「依存症」  023

第1章 薬物依存症とはどのような病気なのか 024
  なぜクスリを使いたくなるのか
1 薬物とは何か 026
  人間社会と薬物の歴史
  なぜ人類は薬物を手放さないのか
2 作用から見た薬物の種類 031
  中枢神経抑制薬
  中枢神経興奮薬
  幻覚薬
3 薬物依存症とは 037
  薬物中毒ではない
  身体依存――中枢神経系の適応と効果への馴れ
  報酬系と精神依存
4 薬物依存症の特徴 047
  「大事なものランキング」の変化
  生活の単調化と孤立
  依存症者は仕事をしない?
  脳の「ハイジャック」
  他人に対する嘘と自分に対する嘘
  後戻りできない体質変化
5 薬物依存症の心理社会的要因 061
  たった一回でも依存症になるのか
  報酬系に影響を与える環境と体質
  人からの承認こそ最大の報酬


第2章 いま問題になっている薬物 068
1 わが国における薬物乱用の実態と動向 068
  地域の一般住民における薬物経験率
  精神科医療現場における薬物乱用の実態
2 覚せい剤――わが国における最重要課題 079
  強力な中枢神経興奮薬
  第一次覚せい剤乱用期
  第二次覚せい剤乱用期
  第三次覚せい剤乱用期
  覚せい剤の乱用状況と対策の課題
3 睡眠薬抗不安薬 089
  ベンゾジアゼピン受容体作動薬
  睡眠薬抗不安薬乱用者の臨床的特徴
  精神科医療と睡眠薬抗不安薬乱用
  必要なのは精神科医療の質の向上
4  危険ドラッグ 097
  危険ドラッグ・フィーバー
 「脱法」的薬物との戦いの歴史
  危険ドラッグ・フィーバーが発生した要因
  「包括指定」という規制強化がもたらしたもの
  危険ドラッグ・フィーバーの唐突な終焉
  危険ドラッグを卒業して大麻


第II部 よりよい治療・回復支援を求めて 113

第3章 刑罰や規制で薬物問題が解決できるのか 114
1 刑務所の限界 114
  薬物の欲求を忘れる場所
  人を嘘つきにする場所
  社会での孤立を作り出す場所
  心変わりをさせる場所
  再犯防止は施設内よりも社会内で
2 規制強化の限界 124
  規制強化が引き起こした弊害
  規制強化によって深刻化した健康被害
  危険ドラッグのメリットは医療アクセスのよさ
  薬物対策の二つの柱――「供給の低減」と「需要の低減」
3 健康被害に関する「啓発」の有効性 139
  「啓発」で依存症者は変わるのか
  「やめ方を教えてほしいんだよ」


第4章 薬物依存症からの回復――自助グループが発見したもの 145
1 「治癒」ではなく「回復」という目標 145
  治らないが回復できる病気
  特効薬や根治的治療法はない
2 当事者が発見した「病気」 149
  依存症治療の大転換点――自助グループの誕生
  NAの誕生とダルク
3 回復のための社会資源としての自助グループ 154
  安心して正直になれる安全な場所
  自分の過去と未来に会える場所
  「心の酔い」を覚ます場所
4 自助グループの課題と限界 165
  自助グループで回復した人は「スーパー・エリート」
  自助グループにつながりにくい理由
  自助グループなしでは回復できないのか


第5章 精神科医療に求められるもの 173
1 薬物依存症に対する医療の課題 173
  精神科医療の「招かれざる客」
  わが国における薬物依存症医療の現実
  高い治療ドロップアウト
2 薬物依存症治療に求められる条件 184
  条件① 外来ベースのプログラム
  条件② 専門医に頼らない治療プログラム
  条件③ ドロップアウトが少ないプログラム
  条件④ 様々な社会資源と連携したプログラム
  条件⑤ 安心・安全が保証されるプログラム


第6章 私たちの挑戦――スマープとは何か 189
1 スマープの立ち上げ 189
  マトリックス・モデルとスマープ/スマープの構造
2 ワークブックに込めた思い 194
  スマープのワークブックの開発
  トピック① 「強くなるより賢くなれ」
  トピック② トリガーの同定
  トピック③ トリガーへの対処
  トピック④ 依存症的行動と依存症的思考
  トピック⑤ スケジュールを立てる
  トピック⑥ 回復プロセスに関するオリエンテーション
  トピック⑦ 信頼と正直さ
  トピック⑧ 自分を傷つける関係性
3 実施にあたって心がけていること 221
  報酬を与える
  安全な場を提供する
  積極的にコンタクトをとる
  地域の様々な機関と連携する
4 スマープの効果と意義 228
  スマープの治療効果に関する研究結果
  真の効果はサポーターを増やすこと
  援助者に対する効果
5  「よいシュート」ではなく「よいパス」を出す 240
  精神保健福祉センターの取り組み――本人支援と家族支援
  タマープでの経験――「底つき」とは援助のなかで経験するもの
6 スマープ・プロジェクトが目指しているもの 247
  その後のプロジェクトの展開
  多重構造の「木」を目指して
  あえてファストフードを目指す


第7章 刑務所を出所した後に必要な支援 261
1 「刑の一部執行猶予制度」施行後における地域支援の課題 261
  刑の一部執行猶予制度とは
  刑の一部執行猶予制度の課題
2 「おせっかい電話」で薬物依存症者の孤立を防ぐ 265
  精神保健福祉センターによる積極的なアプローチ
  「Voice Bridges Project」(「声の架け橋」プロジェクト)
  東京「出会い系」システム――薬物依存症の地域支援の試み


第III部 孤立させない社会へ 277

第8章 人はなぜ薬物依存症になるのか 278
1 すべての人が薬物依存症になるわけではない 278
  拘置所からの手紙
  なぜ快楽に「飽きない」のか
2 薬物依存症の自己治療仮説 284
  依存症の本質は「快感」ではなく「苦痛」
  併存する精神障害と薬物依存症との関係
  なぜ「その薬物」を選択したのか
  「コントロールできない苦痛」を「コントロールできる苦痛」に
  自己治療仮説の意義
  「孤立の病」としての薬物依存症――「ネズミの楽園」実験


第9章 安心して「やめられない」といえる社会を目指して 302
1 「やりたい」「やってしまった」「やめられない」の意味 302
  逮捕時の「ありがとう」
  なぜ「やりたい」が進歩なのか
2 必要なのは「排除」ではなく「つながり」 305
  厳罰主義が孤立を生む
  ハームリダクションとは何か
  ポルトガルの大胆な薬物政策
3 薬物乱用防止教育の問題点 311
  偏見と差別の温床
  「ダメ。ゼッタイ。」ではダメ
  共生社会の実現を阻むキャッチコピー
4 安心して「人に依存できない」病 319
  自傷行為と薬物乱用との関係
  自立とは依存先を増やすこと


おわりに 325
  薬物依存症からの回復を妨げる報道
  刑罰にはどのような機能があるのか
  必要なのは当事者・家族に対する想像力
  「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」
  迷いを希望に変えるもの


あとがき(平成三〇年七月 松本俊彦) [337-340]
引用・参考文献 [341-350]





【抜き書き】


□p. 27 「いわゆる薬物」=「中枢神経作用薬」の簡易説明。

  本書でいう薬物とは、正しくは中枢神経作用薬、つまり、脳に作用して、私たちの思考や感情、そして行動に影響を与える化学物質のことを意味します。
  薬物――中枢神経作用薬には様々な種類があります。一方の極には、覚せい剤やコカイン、ヘロインといった違法薬物がありますが、他方の極には、医薬品、アルコール、さらにはコーヒー、タバコといった嗜好品の成分として含まれているものもあります。そう考えてみると、もちろん薬物によってその健康被害の程度や依存性には大きな違いはあるものの、「自分は薬物とは完全に無縁だ」といえる人など、まず存在しないといえるでしょう。


□pp. 029-031 人類と薬物の歴史(の一部)

   なぜ人類は薬物を手放さないのか
  このような健康被害や社会的問題の原因となっているにもかかわらず、私たち人間は、今日に至るまでなかなか薬物を完全に手放そうとはしていません。
  たとえば、社会的に許容されている薬物であるアルコールやカフェインも、歴史のなかではその使用や売買を禁止された時代があります。アルコールに関しては米国の禁酒法が有名です。それから、カフェインにしても、一六世紀初頭に、イスラム世界ではコーヒーを飲むことが反宗教的行為と見なされ、メッカ内にあるすべてのコーヒー豆が焼かれ、さらには、コーヒーを売買した者や飲んだ者が鞭打ちの刑に処される、という弾圧が行われたことがありました。それにもかかわらず、今日まで、アルコールやカフェインは世界中の多くの国で消費され、多数の愛好者を生み出してきたわけです。
  なぜでしょうか。一つには、薬物は、後述する「依存性」ゆえに、本来の需要以上の消費を生み出して、企業や反社会組織に巨利をもたらし、国や地方公共団体に対しては確実な税収を約束するという側面は無視できないでしょう。
  しかし、そこまで大きなスケールではなく、個人レベルで考えても、節度ある薬物使用は、人々が多忙でややこしい毎日と折り合いをつけるのに役立っています。たとえば、本人の健康被害や周囲への様々な迷惑は大いに問題ではあるものの、アルコールの酔いのなかで仲間との一体感を体験したり、タバコがもたらす独得の安堵感で日々の憂さをやり過ごしたりすることを、全面的に否定する気にはなれません。そして、かくいう私だって、いままさにカフェインを含有する黒い液体を摂取しながら、寝不足と疲労で曇りがちな意識の霧を振り払いながら、この文章を書いているわけです。
  中立かつ客観的な立場からいえば、薬物は諸刃の剣〔つるぎ〕です。それにはつねによい面と悪い面があり、私たち人類はそれといかにしてうまくつきあっていくかが問われているのだと思います。

□pp. 146-147 たとえ「完治する病」でなくても諦める必要は無い、という大切な指摘。

  しかし、薬物をやめ続けていれば、薬物によって失ったもの――健康や財産、大切な人との関係性、社会からの信頼など―を少しずつ取り戻すことは可能です。そのような意味から、薬物依存症は「治らないが、回復できる病気」といわれています。
  実は、世の中に存在する病気の多くが、「治らないが、回復できる病気」という性質を持っています。その代表例は糖尿病です。糖尿病になった人は、様々な理由により血糖値を一定に保つ体内のメカニズムがきちんと機能しない体質となってしまっています。したがって、ひとたび糖尿病に罹患してしまうと、「ケーキの食べ放題のお店でどれだけたくさんスイーツを食べても問題ない」という体質は諦めなければなりませんし、好き放題の食生活を送っていれば、早晩、血管は動脈硬化でボロボロになり、腎臓や網膜など身体の様々な臓器・器官に深刻な障害を来たし、最終的には生命にかかわる事態につながります。
  しかし、毎日の食事に気をつけ、適度に運動したり、必要に応じて治療薬を服用したり、質が高くなりすぎないように日々のセルフケアを怠らないことで、糖尿病による様々な合併症を回避し、充実した人生を送ることは十分に可能です。
  薬物依存症もそれと同じです。
  〔……〕
  医学の歴史をふりかえると、依存症との戦いはそれこそ惨敗に次ぐ惨敗の歴史でした。多くの医師が果敢にも依存症に対して戦いを挑み、そのほとんどが苦い敗北を喫してきたのです。


□pp. 306-307 薬物への戦争@米国、公衆衛生、ハーム・リダクション。

  歴史的に見ると、最初に大規模な「辱めと排除の政策」をとったのは米国でした。一九七一年、ニクソン大統領は、ニューヨーク市における薬物乱用者の増加を憂い、「米国人最大の敵は薬物乱用だ。この敵を打ち破るために、総攻撃を行う必要がある」と述べ、薬物犯罪の取り締まり強化と厳罰化という「薬物戦争」政策を開始したのです。
  その結果はどうだったでしょうか。
  学術的な解析によって明らかにされたのは、実に皮肉な結果でした。取り締まり強化に莫大な予算を投じたにもかかわらず、米国内の薬物消費量は増加の一途をたどり、薬物に関連する犯罪やそれによる受刑者、そして死亡やHIV感染症などの健康被害が激増したからです。そして、厳しい規制が闇市場に巨大な利益をもたらし、かえって反社会的組織を大きく成長させてしまっていたのです。
  こうした検証結果を踏まえ、「戦争」開始から四〇年を経過した二〇一一年、薬物政策国際委員会(各国の元首脳などからなる非政府組織)は、米国の薬物政策を再検討した結果、ある重大宣言をしました。それは、「米国の薬物戦争にもはや勝利の見込みはない。この戦争は完全に失敗だった」という敗北宣言でした。さらに同委員会は各国政府に向けて、薬物依存症者に対しては刑罰ではなく医療と福祉的支援を提供するよう提言をしたのです。  
  世界保健機関(WHO)もこの動きに呼応しました。二〇一四年に公表したHIV予報・治療ガイドラインのなかで、各国に規制薬物使用を非犯罪化し、刑務所服役者を減らすよう求めるとともに、薬物依存症者に適切な治療、および、清潔な注射針と注射器を提供できる体制を整えることを提案したのです。


【関連記事】
・過去に私が読んで目次をうつした書籍の中から、本書に関係しそうなものを並べる。いざ振り返ると精神医学分野はあまり読んでこなかったことがわかった。
はてなブログではリンク埋め込みで度々エラーが出るので、念のために記事のURLを直貼りしている。


◆依存症
アディクションサイエンス――依存・嗜癖の科学』(宮田久嗣,高田孝二,池田和隆,廣中直行[編] 朝倉書店 2019)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20201029/1603897200


◆依存症と社会問題、社会政策

『貧困を救えない国 日本』(阿部彩, 鈴木大介 PHP新書 2018)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190925/1569337200
……対談集。本文ではアルコール依存症だけでなく、スマホゲームへの依存の急増にも触れている。

『「正しい政策」がないならどうすべきか――政策のための哲学』(Jonathan Wolff[著] 大澤津,原田健二朗[訳] 勁草書房 2016//2011)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170217/1486553856
……公共政策の根拠などについて、政治哲学の立場から問題を設定し論じる本。「第三章 ドラッグ」では、行政がある種の薬物を規制を、「第六章 健康」では個人の健康(維持)への介入を扱う。


◆精神医学・臨床心理学

『こころの病に挑んだ知の巨人――森田正馬土居健郎河合隼雄木村敏中井久夫』(山竹伸二 ちくま新書 2018)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190213/1549983600

『クレイジー・ライク・アメリカ――心の病はいかに輸出されたか』(Ethan Watters[著] 阿部宏美[訳] 紀伊國屋書店 2013//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20140929/1487830373

『精神医学の科学哲学』(Rachel Cooper[著] 伊勢田哲治ほか[訳] 名古屋大学出版会 2015//2007)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20181013/1540226535

『トラウマ』(宮地尚子 岩波新書 2013)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130925/1521229988

心理学化する社会――なぜ、トラウマと癒しが求められるのか』(斎藤環 PHP研究所 2003)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20141125/1482145388

『臨床心理学キーワード』(坂野雄二[編] 有斐閣 2000)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20140513/1477122121


◆医学・医療

『医と人間』(井村裕夫[編] 岩波新書 2015)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190821/1566313200

『不健康は悪なのか――健康をモラル化する世界』(Jonathan M. Metzl, Anna Kirkland[編] 細澤仁ほか[訳] みすず書房 2015//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160927/1473914820

国境なき医師団――終わりなき挑戦、希望への意志』(Renee C. Fox[著] 坂川雅子[訳] みすず書房 2015)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160611/1466386141